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市長の手控え帖 No.105 「和服の好きな外人さん」

市長の手控え帖2

 

 

 

 夏のある夜、八雲の「怪談」を読んだ。子供への愛情を残し、悲しげに消え去る「雪女」。経文を書き忘れ、平家の怨霊に耳をそがれる「耳なし芳一」。顔をひとなですると、のっぺらぼうになる「むじな」。民話や伝承をもとに、豊かな想像力と人間観をおりこんだ作品。

 小泉八雲こと、ラフカディオ・ハーンは、1850年アイルランド人の父とギリシャ人の母との間に生まれた。陽光の土地に育った母は、寒冷な気候に耐えきれず母国へ戻ってしまう。父はすぐ再婚。親に捨てられた喪失感は大きく、八雲の人生に濃い影を落とす。  

 父方の大叔母に預けられるが、厳格なカトリックに息がつまる。だが大叔母も事業につまづき破産。孤児同然に社会の荒波に投げ出される。八雲は終生、キリスト教になじめなかった。  

 過去をふり捨てるようにアメリカへ。行商やホテルボーイで食いつなぐ。読書家で文章力も磨いていた八雲は、やがて新聞記者として健筆をふるう。アメリカは南北戦争が終わり、日本に目を向ける。八雲も日本旅行記を読み、関心を深める。折よく、雑誌社から日本の生活、文化を記事にする特派員の仕事が舞い込む。

 1890年の春、横浜へ。地中海からの旅は、地球半周をゆうに超えていた。ところが、挿絵画家より低い報酬に腹を立て、契約を破棄してしまう。さあ、どうする。旧知の言語学者が救いの神となる。彼は、近代国家を急ぐ日本が、欧米から迎えた“お雇い外国人”。医学のベルツ、動物学のモース、地質学のナウマンら一流学識者の一人だ。月俸は平均300円で、大臣よりも高い。  

 文部省への口利きもあり、運よく松江中学の英語教師となる。月俸100円は知事と同額。“押しかけ外国人”は、国のお客様となった。その後、熊本の第五高校、さらに東京帝大に迎えられる。月俸も200円、400円と倍増。  

 さすらいの記者は、なんと最高学府の教壇に立つ。帝大では、流れるような詩的英語と分かりやすさで人気を博した。後任が漱石。後の文豪も、英文学のレベルの高さに脱帽したと述懐する。  

 松江行きは偶然だった。古代の神々の聖地であり、暮らしの中に信仰が息づく出雲に魅せられた。八雲の名も、出雲にまつわる古歌に由来する。古代ギリシャの多神教や、妖精伝説や神話に彩られるケルト文化に親しみを持つ八雲にとって、日本は理想郷だった。古事記や説話に通じた、妻セツとの出会いもあり、日本文化に傾倒した。和服を着て、刺身を好む外人さんは、深く日本を愛した。

 旅の途中、盆踊りを見た。太鼓も手つきもリズムも、西洋音楽と全く違う。単調にも見える踊りに引き寄せられる。生者が死者を迎え共に舞う輪の中に、心も身体もすべり込んでいく。八雲は生と死が響きあう霊的なものを感じていた。  

 霊的なものがあるからこそ、童話や昔話、そこに住む妖精、妖怪に感応し、想像の翼が広がる。目には見えないものへの感受性が怪談を生んだ。八雲は帝大で、「霊的なものへの感覚を持たない人間が、なにかに生命を吹き込むことなどできるはずもない」と講義する。  

 八雲は、合理性と効率性を優先する西洋文明と距離を置いた。世の中には、知性や理性で解明できないものがある。本当のことは、心の目がないと見えず、論理的に語れないことを心得ていた。  

 近代化に懐疑的な分、心は開かれていた。理性がまさり過ぎないよう五感を解き放つ。弱者へ温かい眼差しを持つ。生きとし生けるものへ共感する。八雲には、異なる文化を受け入れる柔らかさと、国や民族の違いを超え、共に生きようとする視点があった。

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