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市長の手控え帖 No.119 「人生、上出来でした!」

市長の手控え帳

 

 平成の末に一人の名女優が旅立った。樹木希林。当初は個性的な風貌と独特のテンポが醸し出す、とぼけたようなコミカルさで人気を得た。私は『寺内貫太郎一家』が好きだった。31歳の年で、70歳をこえる「きん婆」を演じた。

 毎回、貫太郎と息子の喧嘩が始まる。ちゃぶ台をひっくり返し、障子をうち破る大騒動へ。止めるどころか、逆にあおって部屋にかけこむ。仏壇のわきには、沢田研二のポスター。じいっと見つめ"ジュリィィィ"と身もだえする。これは台本にはなく、樹木のアイデアだったが、本当にウルルとなったという。型で演じていないから面白い。

 フィルムのCM。「美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに」。客の樹木と店員の岸本加世子の絶妙なやりとりに、思わずプッと吹き出してしまう。後段の原文は"美しくない方も美しく"だった。それはおかしいと主張し、このセリフが生まれたという。森繁久彌はこうほめていた。「あの女優はどんな根性の悪い女を演じても、去ったあとにかわいらしさを残す。救いのようなものを」。

 『夢千代日記』の芸者菊奴。旅芸人に熱をあげては振られる。哀しみを隠し、座敷で愛嬌をふりまく。泣き笑いの芸に毎回ほろっとした。樹木は菊奴になりきっていた。演技派女優の評価が高まる。やがて、活動の場を映画に移す。この頃、病に襲われる。左目を失明。乳がんを患い、全身に転移する。絶望の淵におかれてから、芸に深みと凄みを増す。晩年の作品は珠玉の輝きを放っていた。

 二本あげてみる。『あん』。千太郎の店は売れないどら焼き屋。満開の桜の中、老婆徳江がくる。時給200円でいいから雇って欲しいと。見ると指が曲がっている。徳江は、湯気に浸すように顔を近づける。小豆の声を聞くように、優しく愛しむように木べらで混ぜる。"この世にあるものは全て言葉を持っている。小豆がここにくるまでの旅の話を聞いてあげることよ"。炊きあがった餡は絶品。

 初夏、店の前に行列ができる。嬉しげに働く徳江。人の役に立てることの喜びが全身にあふれている。紅葉の頃、客足がとだえる。元ハンセン病患者が作っているとの噂が流れていた。徳江は全てを察し、去っていく。千太郎は療養所を訪れるが、亡くなっていた。差別や偏見から徳江を守れなかった自分を責めた。樹木は、過酷な生涯の中で、人生の意味を深く考え、生きた徳江を見事に演じた。

 もう一本は『日日是好日』。樹木は茶道の師、武田先生。ある日、黒木華演ずる大学生典子が習いにくる。気乗りしなかったが、茶の魅力に惹かれていく。それから24年。就職の失敗、失恋、父との別れ。だが、傍らには先生がいた。

 「お茶は形から入る。形を作っておいて、後から心が入るもの」。それって形式主義では?と言う典子の従姉妹に「何でも頭で考えるから、そう思うのね」と笑って受け流す。先生は全てを飲みこみ、包みこむ人生の師匠。典子の人生の節目ごとに、短い言葉と居ずまいで、さりげなくも温かく心を寄せる。樹木の演技はごく自然。茶室の一部になっている。

 茶室は小宇宙。厳格な作法を習う中で、徐々に心が自由になり、精神の冒険が始まる。障子を通す光、草木の輝き。ガラス越しの紅葉、冬景色。季節の移ろいを五感で受けとめ、ただ茶をたてる。寂しさ、辛さを心に抱き、この一瞬を精一杯生きる。いつしか典子は、毎日がかけがえのない日なんだと「日日是好日」の言葉をかみしめる。

 樹木は、人間の表も裏も目を凝らして見つめた。人の愛おしさ、悲しさ、おかしさ、毒を何気ない風情で体現した。老いも病も疎まず「今日までの人生、上出来でございました」と、人生の茶室から、ひょうひょうと消えていった。

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