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市長の手控え帖 No.141「黒子に徹した職人作曲家」

市長の手控え帳

 

作曲家 筒美京平が亡くなった。マスコミには顔を出さず、自己の音楽や人生を語ることはなかった。だがその業績には驚嘆する。作曲数3千。シングル売り上げは歴代最多の7560万枚。71年~87年には、年間売り上げトップが10回もある。稀代のヒットメーカーだ。
ある年代以上の人は、筒美作品と共に時代を歩き、音楽的感性を養ってきた。親しみやすさと切なさの滲む美しいメロディーを、洋楽調サウンドで包む。『また逢う日まで』、『ロマンス』、『木綿のハンカチーフ』、『魅せられて』…。自然と口に出る。なんと多彩で多様なのだろう。
高校ではクラシック、大学ではジャズに熱中。就職後、大学の先輩にすすめられ、作曲家の道へ入る。飛躍の曲が『ブルー・ライト・ヨコハマ』。ジャズっぽい西田佐知子の声に心酔していた筒美は、この歌で、いしだあゆみに西田を投影していたように思える。気鋭の作曲家に依頼が殺到。70年代、三月に一回はヒット曲を出した。神業に近い。"筒美京平は存在しない。能力のある複数の作家のチーム名"と言われたのも肯ける。
歌は作詞家やプロデューサーらと共に制作するもの。自分はあくまでチームの一員。職業作曲家の使命は好きな音楽を作ることではなく、ヒット曲を生み出すことにある。ロック・ジャズ・ソウルなど、最新の海外レコードをいち早く取り揃える。何故これらは、人をひきつけるのか考える。新しいリズム、サウンドを取り入れようと猛勉強した。
詞にもこだわる。新鮮な言葉を新しいメロディーに昇華させたい。言葉の狩人は、新しい詞を求め、言葉の森に分け入る。有馬三恵子、安井かずみ、松本隆…。都会風な洒脱さを持つ松本とは感性が近く、最も多くの作品を残した。
歌手の資質を見抜く目は鋭い。歌唱力抜群の岩崎宏美には、大人の心にもしみいるメロディーを。繊細なハイトーンの太田裕美には、心のゆらめきを。独特の声の郷ひろみには、スピード感あふれるものを。たどたどしい浅田美代子には、狭い音域の中に純朴さを。歌唱力や音域の広さに合わせ自在に作った。
彼は徹底して歌手の身になり、自我を表現しなかった。阿久悠も実体験を詞にせず、"妄想作家"と呼ばれていた。二人の求道者は、自分を主役にしなかった。時代は何を求めているのか。時代の色と臭いを感じ取った。筒美は"(株)日本歌謡協会"の優秀な職人気質の社員だ。
どの歌が好き?やはり『また逢う日まで』か。もともとCM用として作られた。二度目は阿久悠の詞で出したが駄目。だが筒美は自信があった。全面書き直したのがこの曲。金管楽器を駆使したイントロがいい。尾崎紀世彦の朗々と伸びやかな歌声は、別れの歌とは思えない。"ふたりでドアをしめて、ふたりで名前消して"。これまでを糧に成長し、また逢おうよ。希望の歌に思える。
次は『木綿のハンカチーフ』。松本隆は、若い男女の恋と別れを往復書簡風にした。その斬新さと長い詞に戸惑ったが、切ない心の会話を、見事にポップス調の軽快な旋律に仕上げた。『9月の雨』も加えたい。太田の透明な声は、そぼ降る雨の情景と女心の切なさに重なり合う。心の風景をすくいとる二人の傑作だ。
『魅せられて』。小説『エーゲ海に捧ぐ』のイメージソング。エキゾチックな旋律とサウンド。パノラマ感のあるイントロ。窓に広がる青く美しい海。人々はジュディ・オングの孔雀を表す扇状の白いドレスと、流暢な英語に魅せられた。阿木耀子の詞もいい。「女は海」がミソ。深さか、優しさか、コワさか。
私の一番の喜びは、地方の酒場で自分の曲が流れていることだと言う。シャイでストイックな筒美京平。その作品はクラシックとして歌い継がれていくだろう。

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