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市長の手控え帖 No.146「夜汽車に思う」

市長の手控え帳

 

白河駅が改築百年を迎えた。赤瓦の三角屋根。ライトグレーの外壁にステンドグラス。大正ロマン漂う駅がダイハツ自動車のCMに登場した。夕暮れの駅に、制服姿の女の子を迎えに来る一台の車。"生活の一場面が、いつの日か彩り豊かな大切な思い出になる"。駅は人生の思い出を紡ぐ特別な場所だ。
私は夕暮れの駅が好き。このまま夜汽車の人になりたい衝動に駆られる。夜汽車・夜行列車。これほど旅情を誘う言葉はない。夢を抱いて。夢に破れて。逢いたくて…。夜汽車は万感の想いを乗せて走る。窓の景色、列車の揺れ、夜から朝への気配。そこにドラマが生まれる。
だが夜汽車は絶滅寸前。新幹線の延伸。各県に空港が整備され、夜行バスも増加。より速くより安く目的地に着くことが優先される。効率性という名の無機質さが旅情、ロマンを追いやった。ある紀行作家は言う。「旅の価値はその途中にある。目的地という『点』よりも、そこに至る『線』こそが旅だ」と。夜汽車は非日常の空間が広がり、時間が流れる。これを失うことは人生の一部を失うことになる。
東京を離れる日、大学の友人が送別会を催してくれた。高田馬場の居酒屋でしこたま飲む。「お前は都落ちか…」。惜別と憐憫の情が混じっていた。マルクスボーイから金融マンに、長髪から精悍な企業戦士に。一流企業に職を得た彼らは、田舎の役所で地味な仕事につく友を労わってくれた。気持ちは複雑だった。
仙台行の急行。上野発23時55分。万歳と校歌で見送ってくれた。固いボックス席。灯りの消えた街を眺めているうちに『北帰行』が口をついて出た。「窓は夜露に濡れて  都すでに遠のく  北へ帰る旅人ひとり  涙流れてやまず」。青春のゆらめきか、感傷的になっていた。
酒も回り、小山を過ぎた頃深い眠りに落ちた。しばらくして、地の果てから"白河~白河~"と聞こえた。瞬時に荷物を手に飛びおりた。眠気まなこで周りを見た。どこか様子が違う。ああ間違えた。ここは黒磯だ!飛び乗ろうとしたが、無情にもドアは閉じてしまった。
2時半過ぎ。さてどうする?タクシーしかない。駅員さんに呼んで頂く。深夜の4号線をひた走る。料金はどんどん上がる。所持金は僅か。4時頃実家へ。何度も玄関の戸を叩く。電燈がつき父が出てくる。"何だこんな時間に"と怒り顔。料金を払ってもらい、逃げるように布団にもぐりこむ。我が人生波高し。
8年前の夏。札幌で会議があった。郡山発19時半の北斗星。心ウキウキ。修学旅行の生徒のよう。ゆっくりと青い車体が入線する。勢いよく乗りこみ食堂車へ直行。食堂車は寝台列車の醍醐味。洋食にビール。酒もすすむ。話しも弾む。仙台を過ぎた頃には皆ご機嫌。
酔い覚ましのコーヒーを手にラウンジへ。その中に、外を眺め物思いにふけっている老紳士がいた。綺麗な白髪に清潔な身なり。私と目が合う。穏やかな口調で話しかけてきた。夜汽車の旅情というものか。見知らぬ誰かに、自分の想いを打ち明けたくなったのだろう。
「50年前、学生時代に知り合った女性に会いに行く。少し怖い気もするが…」。嬉しそうに、はにかむように。その顔は少年のように輝いていた。言葉の端々から、思い描いた人生と違った道を生きてきたことへの悔しさも窺えた。それを取り戻す旅なのかもしれない。
ベッドに横たわる。ガタンゴトンが心地いい。小鳥のさえずりや木の葉の揺れる音にも似て。心と体が溶けあい、眠りにつく。朝早くから人の声がする。海上から昇る朝日を楽しんでいる。札幌が近づく。身支度を整え仕事モードに。件の紳士は、元気な足取りで旭川方面のホームに向かっていった。「いい再会になりますように」。北の都は光に溢れていた。

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