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第二回「渋沢栄一と松平定信の福祉政策」

渋沢栄一(しぶさわえいいち)は500の企業創立に関わり、経済分野での活躍が顕著ですが、実は「東京養育院」の運営など、社会福祉事業でも大きな功績を残しています。
一方、松平定信(まつだいらさだのぶ)も白河藩政と寛政(かんせい)の改革で、福祉政策に尽力しています。
定信が白河藩松平家の養子となり、白河に来て最も驚いたことは、他の地方に比べて極端に減少した人口と農村の荒廃でした。困窮のために生まれた赤子を育てられず「間引き」いわゆる赤子殺しをしなければならないという、悲惨な実状でした。
定信は、間引きを防止して領内の人口を増やそうと『絹本著色受苦図』(けんぽんちゃくしょくじゅくず)を使って赤子を殺すと地獄に落ちると、農民を教化しようとしましたが、これだけでは間引きを無くせないと考え、赤子養育料を支給しました。これは2人目の赤子に、七夜過ぎに金二分、1年後に二分の合計1両を支給する制度です。さらに8年後には、これを2両に増額しています。
また、間引きの対象とされた女性の人口が少なかったため、白河藩の飛び地がある越後から女性の希望者を募って白河に引き取り、領内に嫁がせました。
定信の家臣の記録には、天明5年(1785)の定信の初政期から寛政期までに「三千五百余人」人口が増えたと書かれています。白河藩で一定の成果を上げたといえる定信の福祉政策は、寛政の改革の中でも行われました。
渋沢が、尊敬する定信からどのように影響を受けたかは分かりませんが、2人には社会福祉の思想という共通性がありました。

越後から白河藩領への工程図
▲寛政元年(1789)越後から白河藩領への行程図
(『白河市史』第二巻「近世」より作成)

文・中山義秀記念文学館 館長 植村美洋

広報しらかわ 令和3年(2021)2月号掲載

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