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市長の手控え帖 No.84 「東北のミケランジェロ」

市長の手控え帖

何年か前、京都に出張した折のこと。宿の仲居さんに、はんなりとした京言葉で、「どちらからきはりました」と聞かれた。東北なまりで「福島県の白河です」。「大災害で大変どしたな」。心にしみいる響きだった。ひょんなことから、彼女が「白河周辺に、狛犬の石像をつくりはった小松はんとかいうお方はいらはりませんでしたか」と言う。多分小松寅吉のことでしょうと答えたが、これには驚いた。仲居さんは狛犬に興味があり、福島県の南部に傑作を残した名石工のことを覚えていたらしい。

私は小松寅吉と狛犬のことはよく知らなかった。ただ、郷土史家で石川町助役をされた吉田利昭さんから、芸術性・独創性の高い名人がいたことを教えて頂いたことで、いくらか知識があった。人に歴史あり。寅吉には小松利平という師匠がいた。1804年、信州高遠藩に生まれる。今、高遠町は伊那市になっている。

高遠藩は、会津松平家の祖、保科正之がここで成長し、幕府の重鎮となったことで知られる。あでやかな桜でも有名。だが小藩で目立った産業もない。藩は長子以外の男子に石切り技術を習得させ、全国へ出稼ぎに出す。稼ぎの一部を「運上金」として納めさせた。中には他国に定住し家庭を持つ石工もいた。藩は脱藩者を連れ戻す「目付」を置き厳しく取り締まった。

小松利平も脱藩者で、浅川町の福貴作に住みついた。ここは細工しやすく摩耗しにくい石の産地だった。利平が工房を構えたのは、天保年間(1830~44)の頃。目付に見つからないよう細心の注意を払ったと推測される。事実、利平は生涯自己の名前を刻むことはなかった。

利平作と推定されるものは多い。中でも石川町沢井八幡神社の「波乗り兎」は面白い。左右異なる波にちょこんと乗る兎はなんとも可愛い。傑作は、棚倉町八槻都々古別神社の狛犬。全く違った顔をした阿像と吽像が、森閑とした境内に鎮座する。全国を股にかけた高遠石工は、型にはまらない技と美の感覚を身につけたのだろう。利平は、寅吉・和平へと続く「小松工房」の創始者であり、高い技術と強い精神を持つ石の芸術家だった。

寅吉は1844年石川町に生まれ、利平のもとに弟子入り。才能と努力で頭角を現す。小松家の養子となり工房を継ぐ。寅吉は細かな紋様や透かし彫りの技巧を得意とした。また、狛犬は普通「蹲踞」しているが、雲に乗り空を飛ぶ「飛翔獅子」というスタイルを考案した。白河市東の鹿島神社の飛狛犬はその代表作。那須雲照寺には大きな観音像がある。慈愛に満ちた顔と細密を極めた彫刻。裏に、「彫刻人小松布孝」と刻まれている。単なる石工ではないぞ、との誇りが伝わってくる。

石川街道沿いの借宿羽黒神社。参道に意匠をこらした大きい柵と開き扉がある。その向こうに松平定信の詠んだ歌碑がある。だが、主役の歌碑が、脇役の前でかすんでいるように見える。歌碑は東京の石屋に、自分にはこれを囲む柵が任された。誇り高い大職人はこれに腹を立て、歌碑を覆ってしまったのではと言われている。反骨の士でもあった。

寅吉の技を受け継いだのが小林和平。1881年石川町に生まれ、工房に丁稚として入る。寅吉の工芸技術を学びめきめき腕をあげた。その実力は兄弟子を凌いだが、寅吉は実子に跡目を継がせた。力量で勝る和平の心中は複雑だったであろう。だが和平は「親方は奥州一の石工だ。俺は一番弟子」と言っていた。二人には確執もあったが、強い師弟愛で結ばれていた。

和平は師匠の飛翔獅子を継承しつつ、独自の味わいを出した。石川町石都々古和気神社の狛犬は代表作。和平は三人の子を亡くした。吽像に二頭の子獅子が戯れ、少し大きめの子は母の横で同じ方向を睨む。愛嬌のある母の顔と無邪気な子の表情に心がなごむ。親子像は愛とメルヘンの世界に誘う。流鏑馬で知られる古殿八幡神社の狛犬も、デザイン性、彫の細かさ、ユニークな尾の形で評価が高い。ルネサンスの華ミケランジェロも、石工の工房で腕を磨いた。小松工房は「東北のミケランジェロ」を生んだといえる。

私は、足元にある歴史や文化を見つめ直し、これを磨くことが大事と言い続けてきた。近代化・効率化の中で、地域の伝統や文化への関心が薄れ、消えようとしているものもある。地方創生とは、わが故郷をより知ることから始まる。自分たちが暮らしている土地の記憶に耳を傾けることが、未来の扉を開く鍵になると思う。

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