まちづくり・市民協働

守り、つくり、育てよう!谷津田川せせらぎ通り

谷津田川(やんたがわ)せせらぎ通り沿線の住民による景観づくりのための住民懇談会が、平成18年度から開催されてきました。
周辺の良好な景観を「守り・つくり・育てる」ことを目的として開催されてきましたが、なかでも、金屋町町内会の谷津田川せせらぎ通り沿線においては、現在ある優れた景観をこれからも維持すべきであるという機運が高まりをみせ、平成22年5月10日、「金屋町谷津田川せせらぎ通り景観協定」が締結されることとなりました。5月19日には、市役所で認定式が行われ、鈴木市長から阿部治郎金屋町町内会長に認定証が交付されました。この協定は、美しい谷津田川と歴史・文化・緑ある周辺環境との調和した街並み景観を、将来にわたって維持・保全していくことを目的に、協定区域内の土地及び建築物の所有者全員によって締結されています。
白河市における新しい景観まちづくり運動のさきがけとして、今後の活動に期待が寄せられています。

景観まちづくり運動01新たな景観まちづくり運動のさきがけとして
景観まちづくり運動02
景観まちづくり運動03鮮やかな色彩が訪れる人を楽しませてくれます

 

 

谷津田川(やんたがわ)の変遷

 

昭和20年頃以前(戦前)

戦前までの谷津田川は、農業用水をはじめ米つきや綿打ち等にも利用されていました。また、水遊びやウナギ、ナマズ釣りなど子どもたちの恰好の遊び場でもあり、清流を好むカジカやアカハラ、ヤマメ、イワナ、ハヤ等の魚が住み、夏にはホタルが飛び交う、非常に豊かな河川環境を有していました。

 

高度成長期(戦後)

高度経済成長期には、谷津田川周辺では都市化が進み、河川に流れ込む生活排水量が増加し、この結果、川床からメタンガスが発生するなど谷津田川の水質は悪化し、一日に7色に変化するとまで言われるほど汚れてしまいました。
谷津田川の護岸や沿川道路の工事により植物や魚、ホタルが見られなくなったのもこの頃からです。

現在

水質の悪化した谷津田川ですが、美しい昔の姿を取り戻そうと昭和49年に「白河市環境美化運動連絡協議会」が結成されました。市民と行政の協働による熱心な活動により魚も戻り、美しい谷津田川へと回復しつつあります。
最近はコイやマス、ホタルの幼虫の放流、河岸にはサツキやツツジ、アジサイ等の植栽や花壇づくり等の河川愛護運動が行われています。平成7年にはこれらの努力が認められ、国土交通省が実施するラブリバー制度の認定を受けました。

 

景観まちづくり運動04谷津田川に存在した水車の位置

 

谷津田川はその時代時代により様々に変化してきました。清らかな水を利用した水車では米の粉やそば粉など、いろいろなものが生産され、多い時には43基の水車が存在したといわれております。
昭和48年に水車はその姿を消していますが、「谷津田川せせらぎ通り」の整備にあわせ「しみずや跡」水車小屋が復元され、当時の趣を今に伝えています。

景観まちづくり運動05復元された しみずや跡水車小屋
景観まちづくり運動06水車小屋の夜の景観

うるおいと安らぎの空間ができています

平成10年8月26日~31日まで降り続いた豪雨は、連続雨量1,267mmという記録的なものとなり、福島県の県南地方を中心に河川の溢水破堤及び護岸の決壊など、人家・耕地に甚大な被害が発生しました。
特に、西郷村から白河市の中心部を流れる谷津田川が氾濫したことにより、人家・耕地のほか多くの事業所や商店などへも被害をもたらしましたが、この災害から復興し平成15年には、自然に配慮した河川整備とあわせて沿線に都市計画道路「谷津田川せせらぎ通り」が完成いたしました。
この完成により、市内を流れる河川と一体となり、市民へうるおいと安らぎを与える新たな空間が創出され、維持管理の協力や地元イベントの開催などで、地域住民の日常的な活動の拠点となっています。



平成10年8月 災害の現場

 

景観まちづくり運動07円明寺付近
景観まちづくり運動08袋町付近

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