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市長の手控え帖 No.103 「カミナリ様のお通りだ」

市長の手控え帖2

 

 

 

 季節はめぐり、夏を迎えた。夏といえば、むくむく湧きあがる入道雲。入道雲といえば雷。雷は自然現象の中で、地震とともに怖いものの代表格。カミナリは「神鳴り」に由来するとの説もある。太古の人が、雷鳴のすさまじさと青白い光におののき、神のなせる業と思ったのも不思議はない。

 大陸から稲作が伝わると、雷は稲と深い関わりを持つようになる。雷は日照と高温で地表が暖められる、7・8月に集中する。この頃は、稲が結実する大事な時期。雷の放つ光「稲妻」は、稲作からきている。稲妻は本来「稲の夫」。空を切り裂き、地に落ちる光のすじが、稲と交わり、実らせるとの信仰から名付けられた。“つま”とは、古くは夫婦や恋人が互いに相手を呼ぶ言葉だった。

 雷は稲作に欠かせない水を恵んでくれる。放電により、空気中の窒素と酸素が結合し、稲の栄養分となる。雷の多い年は豊作、というのはうなずける。雷は豊かな稔りをもたらしてくれる。北関東から白河にかけ、カミナリを「雷様」と、尊称で呼ぶ高齢者も多い。恐ろしい雷は、一方で敬愛と信仰の対象になった。

 雷神のイメージが定着したのは、菅原道真が天神様として祀られてから。平安中期、天皇の皇子が相次ぎ病死。疫病がはやり、日照りが続いた。天皇と公卿らが、雨乞いの相談をしているさなか、天皇の住まいに雷が落ちた。朝廷も京の人々も震えあがった。

 30年前、政変があった。優れた学識と行政手腕で、右大臣に登った道真。政治を意のままに操ろうとする藤原時平の陰謀で、京を追われ大宰府へ左遷される。悲憤の中で没した。落雷は、「道真の祟りだ」。道真の怨霊が雷神となり、荒れ狂っているからに相違ない。

 朝廷は罪を赦した。霊を鎮めるため、北野に天満宮を建立した。もともと各地にあった天神様も、いつしか道真を祀るものとなり、学問の神として広く信仰されるようになる。「くわばらくわばら」とは、災難が降りかからないよう唱えるまじない。道真の領地の桑原に、雷が落ちなかったためといわれる。

 おお、上司の顔に入道雲の兆し。みるみる朱に染まる。さあカミナリが落ちるぞ。気配を察し、くわばらと逃げ出す人。まわりを避雷針にし、涼しげな人。男気か、鈍いのか、まともに受ける人。人雷への対処も人それぞれだ。

 赤いトウモロコシを軒につるす。蚊帳にもぐりこむ。へそを隠す…。雷にまつわる言い伝えやしきたりは、今も残る。昔から人と雷の関わりは深い。

 カミナリの威力は人名にも使われる。雷電為右衛門は、松平定信と同時代の伝説の力士。横綱制度がなく、大関が最高位の時代に、17年間もその座を守った。254勝で、負けはわずか10。勝率はなんと9割6分。場所数や取組数が異なるとはいえ、桁違いの強さだった。

 雷電が引退後に見い出したのが、第7代横綱の稲妻雷五郎。響きからしてパワフル。名前のとおり、勝率は9割を超え雷電に迫る。雷電は長野、稲妻は茨城。いずれも雷の多い地域の出身だ。

 16世紀後半のロシアに「雷帝」と恐れられた皇帝がいた。イワン四世。凍りつくような無慈悲さと、先を見通した確かな構想が同居していた。モスクワから中央アジア、東方へと領地を拡大し、大ロシアの基礎をつくった。ロシアの絶対君主制はこの人に始まる。

 人工知能など科学の進展は、この世から「おそれ」を駆逐しつつある。だが、空も海も人間も、分らないことばかり。雷を恐れ崇めるように、人智の及ばぬものへの、畏敬の念を忘れてはならない。自然の営みに謙虚でありたい。

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