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市長の手控え帖 No.125「歌の女神に酔いながら」

市長の手控え帳

 

麗しく心寄せ合う未来への願いを込めた令和から、4か月が過ぎた。"昭和は遠くなりにけり"か。だが今、昭和歌謡は大人気だ。その中でも、ちあきなおみはひときわ光彩を放っている。
歌の女王は美空ひばり。圧倒的存在感で昭和を背負い、国民に夢と希望を与えた。日本の顔として輝き、昭和とともに去った。ちあきは、ひばりに次ぐ、いや匹敵する歌手。平成4年、天に召された最愛の人に殉ずるように、40代半ばで静かに舞台をおりた。生きたまま伝説化したからか、復帰を待望するからか、ちあきの歌は、泉のように巷に流れる。
何故こうもひきつけるのか。それは、歌手と役者が同居する卓越した表現力にある。ハスキーな低音。情緒に満ちた中高音。聖母の囁き。艶かしい吐息。声そのものが一流の楽器になっている。
また声を使い分け、千人の女を演じる高い演劇性。激しく心を揺さぶり、心のひだに訴える歌唱力。さらに言えば、時代を超えて、日本人の心に刻まれている"もののあわれ"を宿しているからかもしれない。愁いや漂泊のようなものを。
ちあきは、幼い頃米軍キャンプで歌い、中学生からスター歌手の前座を務めた。ジャズやシャンソンもこなし"一流の前座歌手"といわれたが、所詮は脇役。ドサ回りの悲哀をなめた。運よく1969年『雨に濡れた慕情』でデビュー。21歳にして抜群の歌唱と大人のムード。
三年後、あの名曲に遇う。『喝采』。〈いつものように幕が開き 恋の歌うたうわたしに 届いた報せは 黒いふちどりがありました〉。黒いふちどりは縁起が悪いと、難色を示す会社。死によって深いドラマになると、譲らない作詞家吉田旺。〈あれは三年前 止めるあなた駅に残し…〉。情景が見える。心の揺れが見える。誰もが、ちあきの類いまれな表現力で演ずる3分間の劇に酔った。
この年のレコード大賞の大本命は、小柳ルミ子の『瀬戸の花嫁』。美しい瀬戸内の海を背景に、愛しい人のもとへ嫁ぐ喜びと、島を離れる寂しさがにじみ出る唱歌風の曲。だが、ドラマ性と芸術性を備えた『喝采』は、ぐんぐん追いあげ、ついに審査員の心をつかみ取った。
ちあきは不動の地位を築いた。しかし、華やかな世界に身を置くことへの違和感に加え、ヒット曲を追い求める日々にも疑問を感じていた。好きな歌を、魂からほとばしる歌をうたいたい!しばし「心の歌」探しの旅に出た。
10年の時を経た昭和の末。より深く、人間を見つめる深みを増して戻ってきた。帰りを待ちわびていた船村徹と吉田旺の作が『紅とんぼ』。〈空にしてって 酒も肴も 今日でおしまい 店仕舞…新宿駅裏 紅とんぼ〉。駅裏の小さな店。そこに肩寄せ合う人々の交わりと哀感を、情感込めて、語るように歌う。
杉本眞人の『冬隣』。愛する人に先立たれ、飲めない酒を無理に飲む女。そしてつぶやく。〈地球の夜更けは淋しいよ そこからわたしが見えたら すぐにも迎えに来てほしい…〉。哭き笑いの表情は、絶望と諦めの中に、ほのかな希望の灯りを感じさせる。飛鳥涼の『イマージュ』、『伝わりますか』。ニューミュージック系の曲も、自分の世界に引き寄せてしまう。ちあきは、作家の意思を軽々と乗り越え、より高いレベルに押し上げる。
集大成は、ジャズ史上に残るビリー・ホリデイを描いた一人芝居のミュージカル。ピアノ伴奏だけで、2時間を歌い演じた。ビリーが薬物に溺れ豹変する場面。多くの役者は絶叫するが、ちあきはまばたきせず、眉だけを動かした。静かな凄みに、俳優の風間杜夫は、感動のあまり席を立てなかったという。
ちあきなおみは歌の女神。夜更けに一人、ウィスキーを傾け、ちあきワールドに心をひたす。何と心地よいことか。

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