教育・歴史文化・スポーツ・学び

第25回中山義秀文学賞贈呈式・受賞記念講演会開催

 白河市出身の芥川賞作家中山義秀を顕彰し、優れた歴史・時代小説に贈られる第25回中山義秀文学賞贈呈式が、2月1日(日曜日)、白河市立図書館りぶらん多目的ホールにおいて開催され、受賞者の河治和香さん(受賞作:がいなもん 松浦武四郎一代)に、中山義秀顕彰会会長の鈴木和夫白河市長より、賞状と副賞100万円、白河産コシヒカリ1俵、白河だるまが贈られました。

 作家の中村彰彦さんが選考委員を代表して選評を行い、幕末の蝦夷地を探検した松浦武四郎を、絵師河鍋暁斎の娘お豊の聞いたところ、という形をとって描いたことが成功に結びついた。と賞賛しました。

 引き続き、河治さんの、「手八丁!足八丁!北海道の名付け親 松浦武四郎の知られざる横顔」と題した受賞記念講演会が行われました。

 武四郎との出会いは、自著「どぜう屋助七」の老舗どぜう屋の古い取引先の味噌屋が松阪(三重県)にあり、松阪出身の武四郎を知り小説を書くきっかけになった。

 武四郎の存命中には「北海道」の名付け親と云われず、死亡記事でも古物、古銭コレクターと紹介された。昭和になり教科書に「名付け親」と記されたが、近年、北海道命名150年にクローズアップされその名が定着した。

 幕末から明治に活躍した河鍋暁斎の絵日記に武四郎は多く描かれており、娘のお豊とも交友があった。武四郎を描いた涅槃図、「北海道人樹下午睡図」制作を催促した絵日記もある。

 身長は140センチほどで、非常に足が速く、1日20里(80キロ)を歩いたという。「鉄の足を持つ男」、「手八丁 足八丁」とも言われていました。日本全国を隈なく歩き、70歳の記念に富士登山を決行し、たった1日で登頂する健脚だったそうです。

 「がいなもん」とは伊勢の方言で「途方もない」という意味で、蝦夷地を6度探査しアイヌ人との交流、蝦夷地の詳細記録など行った探検家で、後世に残した功績は大きい。貴重なアイヌ資料は政府を警戒して、こっそりと松阪の実家に残している。などなど、興味深いお話をいただき、多くの観衆が聞き入っていました。

 受賞式前日、中山義秀記念文学館を見学した際、義秀の代表作「碑」の映画スチール展示の中に、懐かしい巨匠「原研吉」監督の名があり、長年勤務した日本映画監督協会で深く関わったことから、中山義秀文学賞受賞との強い因縁を感じたとのことです。

25文学賞贈呈式1

生誕の地白河市大信産のコシヒカリの贈呈

25文学館贈呈式2 25文学賞贈呈式3

中村彰彦選考委員の選評と花束贈呈

25文学賞講演会1 25文学賞講演会2

講演する河治さん

25文学賞講演会3 25文学賞サイン会

受賞作当選者にサイン本贈呈            サイン会の様子

問い合わせ先

このページに関するお問い合わせは中山義秀記念文学館です。

〒969-0309 福島県白河市大信町屋沢田25

電話番号:0248-46-3614 ファックス番号:0248-46-3702

メールでのお問い合わせはこちら

アンケート

白河市ホームページをより良いサイトにするために、皆さまのご意見・ご感想をお聞かせください。
なお、この欄からのご意見・ご感想には返信できませんのでご了承ください。

Q.このページはお役に立ちましたか?