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市長の手控え帖 No.89「臆病という勇気」

市長の手控え帖

学生の頃だろうか。何かの本で、「臆病社員のすすめ」という文を目にした。通常、否定的にみられる“臆病さ”を、肯定する内容に興味を持った。著者は日本航空社長の松尾静磨。松尾は、人命を預かる航空会社で、一番大切なのは安全性だ。これが効率や競争の中で、忘れられがちなことを懸念する。

「悪天候の中、霧の合間や雷雲をついて着陸する。見事な操縦と賞賛される。その優れた技術や瞬時の判断力を評価する。とはいえ、そこに名誉や評価への、私情がないとはいえない。むしろ、進路変更も考え、危険の程度を見定め、あえて無理をせず他空港に着陸する。

乗客の不満を承知しつつ、安全策をとるのがパイロットの使命。本当の勇気とは、ルールと安全を墨守し、臆病に徹すること。いざというとき、仕事の上で力を発揮するのは、単なるファイトだけではだめ」と説く。甘んじて、臆病者といわれ、これを平気で受けとめるのが真の勇者だという。

当時の日本は繁栄の真只中。社会には、成長、拡大、発展の文字が踊る。“おおモーレツ”のコマーシャルが大はやり。あの坂を登れば、その先の嶺を越えれば、さらに豊かさが待つと信じた時代。勇ましさや雄々しさが、もてはやされる風潮にあやうさを感じ、釘をさした。

臆病さとは小心さをいうのではない。慎重さ、用心深さに置きかえてもいい。企業経営は勿論、行政にも欠かせない要素であり、人生でも必要な資質であろう。

名門東芝が大揺れ。歴代社長が赤字を隠し不正経理をしていた。パソコンやテレビの生産は、新興国へ移っていたのに事業を再編せず、チャレンジと称し、部下に利益を強要した。原子力発電を強化するため米国企業を買収したが、著しく高額、積算も不透明。半導体の継続や、原発の拡大という大問題を、綿密に検討した形跡はない。赤字の原因を究明し、軌道修正したり、引き返すという勇気は、ついぞ持ちあわせなかった。

バブル華やかりし頃、大半の銀行は不動産融資にのめりこんだ。住友銀行の理念は“浮利を追わず”。苦労なく、簡単に利益の出る商法を、固く戒めた。だが土地やマンションへの融資で、面白いように儲かる状況に浮足だつ。「向こう傷を恐れるな」と、頭取の檄が飛ぶ。信条をかなぐり捨て、狂騒の輪に入る。宴の後、不良債権の山に大きな傷を負った。慎しみを維持することがいかに大事であり、難しいかを教えている。

今や国債は一千兆を超える。国債は税のように直接的な負担を感じない。一度手をつけると歯止めがきかなくなる。この恐さを知り、安易な発行に警鐘を鳴らしたのが大平正芳。三木内閣の大蔵大臣の折のこと。石油ショック後の不況に加え、増税法案も通らない。法で禁じられている、赤字国債もやむなしとの声が出る。将来に禍根を残すと、強く反対するが、押し切られる。大平は、万死に値すると、これを深く悔いた。

5年後総理になる。安定した財源がないと、国債に依存するようになる。結局、子孫へのつけ回しになると、今の消費税にあたる売上税を訴えた。国民に受け入れられず、失意のうちに世を去る。民主主義は歳出をふくらます仕組みを内蔵している。転ばぬ先の杖。財政は、周到な準備と用心深さをもって、運営すべきとの信念を持っていた。

勇ましさは、思慮を欠いた匹夫の勇になることもある。臆病さは、賢さに通じることもある。何かを為すには、強さと弱さが同居することが必要。ゴルゴ13は、豪胆不敵な超一流の狙撃手。彼の最も優れた資質は努力でも才能でもない。“うさぎのように臆病なこと”だという。

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