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市長の手控え帖 No.96「二人の名優」

市長の手控え帖2

 

今年も年の瀬を迎えた。10月23日に待望の文化交流館がオープンした。式典の後、大谷康子さんの軽やかで浮き立つヴァイオリンの音に沸いた。一週間後には、ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団の演奏があった。指揮者は「炎のマエストロ」、いわき市出身の小林研一郎さん。ピアノ選定に力添え頂いた仲道郁代さんとの共演。強い音を柔らかく包む。静かな音は、すっと染み込む。満席のホールから“ブラボー”の声と鳴り止まぬ拍手。心地よい世界に酔った。
「全国トップクラスの音響、舞台と客席の一体感、落ち着いた空間、素晴らしい劇場です」とお褒めの言葉を頂いた。白河の文化芸術のシンボルになるよう、音楽・演劇をはじめ、能・文楽・歌舞伎の伝統芸能も企画していきたい。 
さて、国立劇場は開場50周年を迎えた。これを記念し、赤穂浪士の仇討ちを題材にした歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」が長期で上演されている。ここに松本幸四郎と中村吉右衛門が共演している。
幸四郎と吉右衛門は実の兄弟。初代中村吉右衛門の一人娘が八代目幸四郎に嫁ぎ、二人の男子に恵まれた。兄は九代目となり、名門高麗屋の芸を引き継ぐ。代表作「勧進帳」の弁慶をはじめ、数多くの舞台に立つ。文化功労者にも輝き、歌舞伎界の重鎮となっている。
活躍の場は歌舞伎にとどまらない。華麗で多才。若くしてスターになる。自ら作詞作曲した歌声がラジオから流れる。NHK大河ドラマの主役を演ずる。「アマデウス」では、モーツァルトに嫉妬する屈折した宮廷音楽家をこなす。
最大の当たり役はミュージカル「ラ・マンチャの男」。歌舞伎で鍛えた演技は安定し、独特の間合いと緩急のリズム感がある。舞台の上でどこまで歌えるか心配されていたが、ハリのあるバリトンで高らかに歌いあげる。初演から47年、公演は1200回を超える。
楽に現実と折り合いをつけない、ドン・キホーテの夢と狂気を見事に演ずる。「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」の台詞に力がこもる。幅広いジャンルに果敢に挑む幸四郎は、この中に自分の演劇人生を重ねているのかもしれない。
弟は祖父、初代吉右衛門の養子になる。初代は稀にみる名優だった。22才の若さで二代目を継いだ吉右衛門は、重圧に押し潰されそうになる。当時、華がない、不器用といわれた。ぐっとこらえ歌舞伎に専念した。伝統の型を身に付け、芸の本質に迫ろうと、血のにじむ努力を続ける。道ができる。重厚な所作と豊かな口跡で、人間の悲哀、忍従、葛藤を表現する。深い内面性と陰影のある芸は、観客を陶酔に誘う。襲名から50年、今や古典歌舞伎の最高峰に立つ。人間国宝にもなり、初代を超えたと評される。
もうひとつの顔は「鬼平犯科帳」。吉右衛門の長谷川平蔵は実に魅力的。もつれた糸のような社会の複雑さ、善悪で割り切れない人間の不思議さを思う。「人は妙なもの 善い事をしつつ悪事を働く 人の本音を見ることはできない」と、しみじみ語るシーンは胸にしみる。名優の芸は原作を超えている。
平成に始まった本格時代劇は、150本目となる今回で終わる。原作も尽き、きびきびした立ち回りも難しくなった。この辺が潮時と心得たようだ。密偵おまさ役の梶芽衣子が平蔵に酌をしながら、ぽろぽろ泣いたという。寂しい限りだ。
仏文学を学んだ吉右衛門は、母校の卒業式で祝辞を述べた。スタンダールの遺した「生きた 書いた 愛した」を引用し、自分の役割を懸命に果たすよう熱く説いた。自分の人生を重ねるように。

 

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