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楯無鎧写【たてなしのよろいうつし】

楯無鎧写

指定種別 市指定 重要文化財(工芸品)
指定年月日 昭和39年3月6日
所在地 白河市中田(白河市歴史民俗資料館保管)
所有者 鹿嶋神社
大きさ 胴高52.4cm 大袖39.7cm

甲斐武田家の重宝として相伝し、信玄のとき菅田天神社(かんだてんじんしゃ)に奉納されたといわれる楯無鎧「小桜韋威鎧兜大袖付(こざくらかわおどしよろいかぶとおおそでつき)」(国宝)が、松平定信の編纂になる『集古十種』(甲冑の部)に掲載されている。本鎧は、松平定信が寛政7年(1795)に明珍宗政・宗妙に模造を命じ製作させ、白河城下の鎮守鹿嶋神社に奉納したものである。

本鎧は、兜は黒漆塗の十枚張八間の厳星兜(いがぼしかぶと)で、地星は一行に六点、腰巻に一点づつを打つ。草摺は四間五段下りに仕立て、札は黒漆塗の平札で紫韋(むらさきがわ)をもって毛引に威(おど)したものである。絵韋は牡丹獅子の文様で、栴檀(せんだん)・鳩尾板(きゅうびのいた)の八双鋲、八双金物には鍍金花菱鋲を打つ。これらは、武田家伝来の楯無鎧の特徴を絶妙に再現・模写していると言える。しかし、当世具足の研究を主とする甲冑師による模写の限界か、小札の造りや弦走部の引合緒(ひきあわせのお)使い、臑当(すねあて)・小手(こて)・佩楯(はいたて)を具備するなど当世具足の特徴も併せ持っている。

楯無鎧は寛政4年(1792)から翌年にかけて江戸で宗政・宗妙の二人によって修復されていることから、その修理の際の観察を基にして本鎧が写されたと推定される。しかし、この修理は「俗工の猥な修補」(『集古十種』注記)ということにより、文政10年(1827)に岩井与左衛門によって再修復された経緯がある。本鎧が小桜韋でなく紫韋であるのはそのためであろうか。

兜裏面には、「楯無鎧写 寛政七乙卯歳 二月吉日 明珍長門守紀宗政 同主水佑紀宗妙錬造之」と銘文が刻されている。

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