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境の明神【さかいのみょうじん】

境の明神【さかいのみょうじん】

指定種別 市指定 史跡
指定年月日 平成24年1月26日
所在地 白河市白坂明神80番地 ほか
所有者・管理者 個人・境神社
指定面積 4,737.72平方メートル

境の明神は、白河市と栃木県那須町の県境に二社並立している神社の通称である。

白河から見ると、陸奥側(白河市)には玉津島明神(女神・衣通姫)、下野側(栃木県那須町)には住吉明神(男神・中筒男命)が祀られている(※)。

社殿については、会津領主蒲生氏により造営され、白河藩主本多能登守により改修されたという記録があるが、現存する社殿は、火災による焼失のため、弘化元年(1844)に再建されたものである。

松尾芭蕉の奥の細道俳諧紀行で、みちのくの第一歩を記した場所として句碑や歌碑が建立されているとともに、大名家や商人から多くの燈籠が寄進されていることから、陸奥・下野の国境である境の明神として重要な場所であったことがうかがえる。

また、神社の向い側には、南部藩出身と伝わる一家が営んだ「南部屋」と称する茶屋跡や、松平定信の時代に建てられたという「従是北白川領」と刻まれた石柱がある。

境の明神は、明治期の道路拡張などの手が入っていながらもなお、江戸時代における奥州街道沿いの国境の景観を色濃く残し、陸奥国の玄関口としての白河の近世史を語る上で、重要な史跡である。

歌碑・句碑

歌碑・句碑

「従是北白川領」の石柱

「従是北白川領」の石柱

石柱側より見た境の明神

石柱側より見た境の明神

※・・・「玉津島明神」と「住吉明神」は、国境の神・和歌の神として知られ、女神は内(国を守る)・男神は外(外敵を防ぐ)という信仰に基づき祀られている。このため、陸奥・下野とも自らの側に「玉津島明神」を祀り、反対側に「住吉明神」を祀るとしている。

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