市長の手控え帖 No.55「島耕作の美学」
麻生元総理の漫画好きは有名。かつてマスコミは、知性に欠けるといわんばかり、面白おかしく取りあげた。でも、一概に軽んずるのはどうか。漫画には、宗教・政治・差別など奥の深いテーマを扱っているのも少なくない。手塚治虫の「ブッダ」「火の鳥」らから多くを学んだ。白土三平「カムイ伝」、さいとうたかを「ゴルゴ13」、ジョージ秋山「浮浪雲」には惹かれる。
中でもずっと愛読しているのが「島耕作」。1983年に始まり30年になる。課長で登場し、部長・常務・専務と登り、思ってもいない社長へ。今でも多くのサラリーマンから支持を得ている。人間の喜び、悲哀、挫折、成長が描かれ、自分に置きかえられるからだと思う。島は、人に秀でた能力があるわけではない。上昇志向も強くない。「出世するよりも好きな仕事ができればそれでいい。自分に正直に生きたい」。群れることを嫌い、派閥から距離を置く。職務に忠実で、常に正面から向きあう。困難にも、必死の形相をすることなく、すっと乗り越える。ダンディで女性にもてる。食や酒に通じ、ゴルフを楽しむ。こだわりのなさとおおらかさに人が寄ってくる。こんな人はいるのかと思いながらも、つい応援したくなる。
数年前、作者の弘兼憲史さんとご一緒する機会があった。学部の2年先輩。静かな雰囲気でほほえみ、ヒゲが似合うおしゃれな方。「島のモデルは」と尋ねると、それらしき人はいるという。自身、特技を生かせる宣伝部で働きたいと松下電器に入る。この優良会社を3年で辞め漫画家の道へ。10年後、大手電機メーカー「初芝電器」の宣伝課長島耕作を世に送り出す。
シリーズの見どころは2つ。ひとつは、普通のサラリーマンの出世物語。激しく変わる社会に適応しようともがく企業の苦悩と、ここに人生を賭ける人々が織りなす人間模様。島は、この中で男として企業人として磨かれていく。階段を登るごとに風景は変わる。視野は広がり、背負う荷物も重くなる。地位が人をつくるという。周りの支えと、幾多の経験を積むうち、いつの間にか高みに押しあげられた。
勿論、順風ばかりではない。左遷も味わう。しかしここが肝心なところ。与えられた場所に骨を埋める覚悟で、明るく振舞う。得意粛然・失意泰然。意に添わぬ状況にあっても、明朗闊達な島を女神がそっと引き寄せる。仕事には熱く、人にはスマートに、オフには心を遊ばせる。
もうひとつは30年の経済史。課長の頃は、栄光の時代。世界上位に日本企業が並ぶ。アメリカのビルや映画会社を買収する。欧米に学ぶものなしと、やたら威勢がいい。10年後に部長。バブルと化した風せんがはじけ、かげりが見えてきた。でも、会社は自己の技術力・販売力に強い自信を持っていた。だが、先端技術も必ず一般化する。この辺から、日本の技術を習得した韓国が、政府の支援を受け猛烈に追い上げてくる。市場が小さい韓国は、いち早く海外へ進出した。10年後の取締役の頃には、主要な海外市場を奪われる。少し遅れて、巨大な龍・中国が大空へかけ昇るように参入し、周辺を駆逐しはじめた。技術への過信から韓国・中国を軽くみた。国内の大きな市場によりかかり、海外へ目を向けるのが遅れた。油断が危機を招く。
苦難の中、社長島耕作が誕生する。なりたくてなったポストではない。故に自然体で臨めるし、なすべきことが見える。また、企業にも栄枯盛衰は避けられないことを承知している。韓国は中国に追いつかれる。日の出の勢いの中国も、やがてかげる。今度はインドやブラジルが台頭し、アフリカ勢も指をくわえていない。満ちれば欠けるが世のならい。肝心なことは、欠けるとき次の飛躍に向け、いかに技術・販売力を高め、人づくりをするかである。とはいえこれが難しい。我らが島は、挑戦者となり只今奮闘中である。
そろそろ退任が近づく。弘兼さんは、島のこれからをどう設定するのだろう。彼の美学は、地位に恋々とするのを潔しとしない。会長には就きたくない。残っても、院政は敷かない。それより、一企業の利害を越え、産業全体を見渡せる立場はどうか。経済界の良心として政府に助言する。世界の識者とワイン片手に談論風発、各国との相互理解に一役買う。のびやかでとらわれない島には、ぴったりの役どころだ。
期待と不安の中、社会人となった方へ。誰でも得意・不得意がある。得意な分野で慢心せず、苦手な分野でこつこつと。人は往々にして、自信があるところでつまずく。どんな仕事やポジションでも全力でぶつかることが大事。ここから道が開かれる。一回限りの人生。キャンバスにいい絵を描いてください。島耕作のように。
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