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市長の手控え帖 No.101「ぼんやりのすすめ」

市長の手控え帖2

 

 

今頃の田園は美しい。一面緑の絨緞をしきつめたようだ。早苗がひそひそ話をするように、風にそよぐ。心やすらぐ光景だ。今の田植えは5月だが、小学生の頃は6月初旬だった。田植えの準備は大忙し。どこかピリピリしていた。
田植えの当日は、お祭りに似た、華やぎが感じられた。近所や親戚の人が大勢、手伝いにくる。当時は互いに助け合う「結」があたり前。夜明けとともに、水を張った田に入る。隊列を組むように、横一線で進む。始めは黙々と、次第に笑いが広がり、やがて歌いながら苗をさす。腰を曲げる辛い作業は何週も続く。
さあ、田が緑に染まった。無事終わったことに感謝する宴が始まる。早苗饗だ。命をつなぐ大仕事を終えた喜びに、誰もがえびす顔。ご馳走に舌鼓をうち、美酒に酔う。歌もとびだし夜遅くまでにぎやか。子供心にも楽しかった。
そして骨休め。自炊用の米、味噌、缶詰持参で温泉へ長逗留する。何をするわけでもない。朝から晩まで湯につかり、まどろみ、ぼーっとする。近郷からの客と世間話に興ずる。湯治場は交流の場でもあった。縁談がまとまったり、伊勢参りの仲間ができたり。庶民の生活には、忙と閑がうまくおりこまれていた。
電通の社員が、仕事の洪水に耐え切れず命を絶った。心を病む人も多い。長時間労働が、社会を蝕んでいる。政府は「働き方改革」により残業規制にのりだした。所定内で仕事を済ませ、子育てや介護、地域の行事に加わる。趣味や文化活動で自らを高める。仕事と生活のほどよいバランスが、余裕と潤いを生む。少子化対策や共同体再生の鍵にもなる。
といっても仕事は人生の真ん中にある。 人は仕事を通して鍛えられ、人格が磨かれる。社会とつながる大きな窓である。問題は、仕事に費やす時間が長すぎること。勤勉といわれる日本人の生産性は、必ずしも高くない。長い休みをとり、残業もしないドイツ人の方が業績はいい。遊ぶために働くというフランス人は、一流の経済力を保つ。
その点、日本はあいまいだ。成果をあげることよりも、働くこと自体が目的になっているふしがある。忙しいことを美徳とし、手帳が黒く埋まっていないと不安になる。「忙しくて参ったよ」とこぼしつつ、心は満更でもない。
だが、働きづめは、結局のところ非生産的だ。身体は鉛のように重く、脳も動かない。アイデアもひらめきもわかない。いい仕事をするには、いい休養が欠かせない。休・暇・閑・無為といった、一見ぼんやりとし無駄に見える時間が、大切なものを育む。
ぼんやりに必要なものは何だろう。まずは「静寂さ」。大きな木に寄りかかる。雲のたなびき、鳥のさえずり、風のささやき、川のせせらぎ、星のきらめき。自然に身をおく。何も考えない。退化している五感をよびさます。大都会のホテルでもいい。喧噪の中の静かな小部屋。文机で手紙を書き、本を読む。下町の気取らない喫茶店。心地よい軽音楽にコーヒーというのもいい。人には、心を投げだすことのできる隠れ家がいる。
「独り」も大事。ひとり静かに心の内に分け入ってみる。慌ただしさの中で大事なことを忘れていないか。時間泥棒に貴重な時間を盗まれていないか。頭の中はワンダーランド。小宇宙に遊び、空想にふけるのもいい。人はひとりになることを恐れる。だが、孤になることで自分を耕し、根を深く張れる。生命力や創造力を産む源になる。
「山茶花や忙しきことは羞づかしと」。時間に追われ、効率を追い求めるやり方が、人の心を壊している。ぼんやり過ごすことの貴さを見直したい。

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