市長の手控え帖 No.194「『虎屋』に学ぶ長寿の秘訣」

世界の知性が集積するハーバード大学。ここに、1908年に創設された世界最高峰の経営大学院がある。ブッシュ元大統領、金融通信の大手ブルームバーグや楽天グループの三木谷浩史ら有名起業家を輩出している。かつて、サンデル教授が現代の難問を巡り、議論を戦わせる「白熱教室」は日本でも有名になった。
大学院でも、特定の国や企業の事例を教材にしてひたすら議論する。最近、歴史の授業が人気だという。AIの驚異的進展、気候変動、中国の存在の高まり、世界秩序の揺らぎ…。
未来に何が起き、世界がどこに向かうのか?民主主義は普遍なのか?誰も分からない。唯一、歴史だけが「確実な事実」を教えてくれる。学生は「不確実性の時代」を生きる指針を歴史に求めているのであろう。
中でも影響力のある若い教師が、日本や日本企業を歴史的観点から研究している。人気の「起業家精神とグローバル資本主義」の中で、岩崎弥太郎と渋沢栄一を取り上げている。さらに『住友』や『三井』など、日本の経済に大きな影響を与えた江戸時代の起業家にも触れている。
ある教授は日本の長寿企業に関心を持った。中でも老舗和菓子屋の虎屋に興味を持ち、教材『虎屋』を出版した。虎屋は16C初頭に創業され、500年の歴史を持つ。後陽成天皇(1586~1611)の在位中から、御所の御用を務めてきた。常に変化する社会の中で、これほど長く続いてきたのは驚異的だ。
大きい波があった。明治天皇が東京に移る。が、顧客の多くは京都にいる。悩んだ末、東京にも出店し二拠点にすることを決断。大正時代には店頭での販売を始める。配達車を導入し、広告にも力を入れる。小形羊羹や新しい菓子を作り、斬新なアイデアで事業を拡大した。
さらに1980年パリに出店。味や好みの異なる国で苦闘した。知恵を絞り、フランスの文化や嗜好を取り入れた和菓子を製造し、受け入れられた。虎屋は時代の潮流を見て商品の多角化を図り、海外にも進出した。「私たちは500年の企業だが、未来の顧客にも愛される和菓子屋であり続けたい」と意欲的だ。
虎屋には「社内に親族は一世代に一人だけ」というルールがある。前店主は、当主が自分と異なる選択をしても一切口を挟まない。虎屋のようなファミリービジネスは「お家騒動」が珍しくない。だが厳格に守られてきた後継者決定のルールが、長寿の要因の一つになっている。
教材に前店主の言葉が載っている。「虎屋の究極はビジネスを継続させることではない。お客様においしい和菓子を召し上がって頂くことだ」。仕事の本質を衝いている。長く続いたのはあくまで結果であり、おいしい和菓子を提供するという理念が社員に浸透しているからだ。
長寿企業の多くがファミリービジネスなのは、短期的成長を追わず、創業の理念に基づいた経営が行われやすいこと。迅速な経営判断が可能なことにある。また長い時間の中で紡がれてきた、歴史や伝統という目に見えない価値も発展の核になっている。それは、株や資金等の目に見える資産よりも大きいといえる。
世界には財産の多くを寄附する大富豪がいる。彼らは金銭的成功をレガシーと捉えていない。曽祖父は新しいやり方を編み出し、父は大きな勝負に出た!一族が継承するのはストーリーである。
日本企業はイノベーションに欠けるといわれる。そうだろうか。世界で200年以上続く企業の6割以上を日本が占めている。日本は老舗企業大国。老舗は、経営革新を怠らなかったから存続している。問題なのは日本を牽引するような大企業が、革新の意欲に乏しく、アニマルスピリットに欠けることだ。虎屋や「山本山」といった老舗の理念や物語に、日本経済再生の鍵があるのではなかろうか。
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